動画はことばの発達上よくない?!

 

「TVやDVDを長時間見せるのは、こどものことばの発達上よくありません。お母さん、動画ではなく、絵本を与え、読んであげてください。」

長男を出産し、退院する際に、医師からこんな注意を受けました。

 

とは言われても、子育てをする中で、料理をする間や機嫌が悪いときなど、動画に頼りたくなる時があります。私と同じように「一日何時間くらいなら見せてもいいのだろうか」「義両親がテレビばかり見せているけど大丈夫だろうか」など疑問を抱いたり、「動画を見せることに何となく罪悪感がある」と感じたりしながら過ごしている人も多いことと思います。

 

では、こどものことばの発達において、なぜTVやDVDを見せることがよくないと言われているのでしょうか。

 

 

ここで、パトリシア・クールという研究者らが2003年に発表した興味深い研究を紹介します。この実験は、生後9ヶ月のアメリカの赤ちゃんを対象に行われたもので、大人が絵本やパペットを用いて中国語で赤ちゃんとやりとりを行った場合と、同じ大人が中国語で話すDVDを赤ちゃんに見せた場合の習得状況を比較しました。

 

その結果、DVDを見たグループ、つまり大人と直接的なやりとりはせず、録音録画された中国語の音声を与えられたグループは、中国語の音声の習得が進んでいないことが分かったのです。

 

双方向のコミュニケーションがことばを育む

 

こどものことばの獲得のために、環境、とりわけ周囲の人々による語りかけはとても大切だと言われています。

 

「これ、どうぞ、モグモグしてね。モグモグ、モグモグ。」

「ネンネの時間だよ。ナイナイできるかな。ナイナイしてね。」

「それママ、イタイイタイよ。イタイイタイ。エンエンするよ。」

 

みなさんもこんなふうにお子さんに語りかけているのではないでしょうか。

 

「食べて。」「片付けて。」「やめて。」と一言で言えば済むことを、優しいことばを選んで繰り返し言ったりするのに加え、自然と声が高くなったり、ゆっくり話したり、強弱を強めたりと、独特な話し方になっているのは、そうした言い方のほうが赤ちゃんの興味をひきつけるからです。

 

このような、こどもに対する発話のことを専門用語ではCDS*と呼びますが、わたしたちは自然と、CDSという赤ちゃんが好む特徴を持つ語りかけを行うことで、赤ちゃんの反応を引き出し、情緒的なつながりを強めていくのです。

*Child-Directed Speechの略。育児語、マザリーズなどと言われることもあります。CDSは日本語だけでなく、他の言語にも見られることが分かっています。

 

さらに、私たちの語りかけは、無意識的、意識的にこどもの声や表情、仕草に応答する形で行われます。こうしたやりとりを通して、こどもは、段階的に養育者の発するメッセージに気づき、会話のターンを学び、身の回りの事物に音を結びつけて、ことばを獲得していくのです。

 

DVDやTVなどの動画から流れる音声や映像は、言語に触れる豊富な機会を与えてくれるという側面があります。その一方で、こどもの仕草ひとつひとつにリアルタイムに反応して、やりとりが双方向に行われるわけではありません。つまり、お父さんやお母さんなどの養育者からの語りかけに取って代わるものではないことが分かると思います。

 

 

子どものことばが遅くて不安なときは

 

「こどもが一歳半を迎えるのにまだ語彙が出なくて心配。」と思っている方もいるかもしれません。そういう時は、まずはお子さんの声や動きをよく見て、何でもいいからそれに反応を示すことを続けてください。どう語りかけたらいいか分からない時や、疲れた時は、トントン、となでてやるだけでも大丈夫です。モノの名前を言えるようにうなること、意味のある語彙を発することだけが、ことばを習得している証拠ではありません。こどもは、養育者とのやりとりから、すでに多くのことを感じとって、コミュニケーションの礎を築いているのです。

 

動画がダメということではありませんが、子どもへの語りかけを大切にするようにしましょう。

 

参考文献
岩立志津夫・小椋たみ子編(2017)『よくわかる言語発達(改訂新版)』ミネルヴァ書房
Kuhl, P.K., Tsao, F.M., & Liu, H.M. (2003). Foreign-language experience in infancy: Effects of short-term exposure and social interaction on phonetic learning. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United states of America, 100(15), 9096-9101.

 

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小口悠紀子さん

 

 

広島市立大学国際学部講師 。専門は第二言語習得研究。マレーシア、韓国、トルコ、フィリピンなどで日本語を教えた経験を経て、現在は大学で留学生への日本語指導や日本語教員養成に携わる。主な著書に『超基礎日本語教育』(くろしお出版)、『日本語教育へのいざない ―「日本語を教える」ということ―』(凡人社)。